◆教学相長◆

2018年から教員生活スタート。日々の気づきや学びの備忘録。

なぜ人と関わることが必要なの?

スマホタブレット、使いすぎていませんか?

 

アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』を読む中で、「語り」に使えそうな部分を発見したのでメモ。

 

スマホ脳(新潮新書)

スマホ脳(新潮新書)

 

 

1万4000人に及ぶ大学生を調査したところ、80年代から共感力が下がっていた。特に2種類の能力が悪化している。共感的配慮という、辛い状況の人に共感できる能力。それに対人関係における感受性だ。これは別の人間の価値観にのっとり、その人の視点で世の中を見る能力だ。同じ傾向が大学生だけでなく、小学校高学年や中学生にも見られた。154

 

 

 

おそらく、以前よりも多様な集団になってきているはずなのに、自分とは違う人間に共感する力が下がっているらしい。

「一人も見捨てない」

「一人も取り残さない」

ことを求めるのであれば、この力は育てる必要があるのでは?

 

 

 

しかし、他人の頭の中を理解すること自体は、生まれつきプロというわけにはいかない。それには鍛錬が必要で、トレーニングは早期に始まる。脳の最も発達した部分である前頭葉が成熟する幼児期や10代に。どんなトレーニングかと言うと、親兄弟や友達と対面でやりとりすることで、ゆっくりと経験の貯蔵庫を満たしていくのだ。そうやって他人の心境や考えや意図をうまく認識できるようになる。152

 

 

 

 

共感力を育てるためには、実際に人と関わることが必要になる。

思春期の場合、親との関係よりも友達との関係の方が築きやすいだろう。

しかも、

 

 

 

 

演劇や映画を観ているときのミラーニューロンの活動を計測すると、「現実の世界」で人と会うときほどミラーニューロンが活性化されることはなかった…映画のスクリーンやパソコンのモニターで何かを見ても、他人の考えや気持ちを本能的に理解する生物学的メカニズムに同じだけの影響はないというわけだ。152

 

 

 

 

オンラインで人と関わる場合はどうか分からないが、ミラーニューロン(「他人がどう感じているか」などを理解する脳の細胞)を最大限に発揮するには、「現実の世界」で人と会うことが必要なようだ。

 

 

 

 

ここまでの内容だと、生徒に向けた語りというより、

          保護者に向けた背景説明みたいな感じになってしまう。

 

 

 

共感力が高いとどんな得にあるのか

はたまた

共感力が低いとどんな損になるのか

 

 

 

考えていこう。。。

 

問いの構造図づくりに最適…かも!?

最近、お金の勉強をしています。

 

 

授業に向けて…ではなく、自分の資産のために笑

 

 

YouTubeでいくつか動画を見ていると、初めてみるプレゼンソフトを使っている人が。

 

それを見た感想が、動画の内容ではなく、

 

 

 

あれ、これ問いの構造図つくるのにめっちゃ便利じゃね??

 

 

 

でした笑

 

 

 

ということで、早速ちょっとだけ使ってみた。

 

 

MindMeister  というアプリ。

マインドマップをオンラインで作成-任意のデバイスで | Mindmeister

 

 

 

↓実際に見てみる方が早い↓

f:id:chiharayoshi:20210213121805p:image

 

 

アプリのインストールからわずか2分でここまでできてしまった…

 

しかも、クラウド連携→共同編集も可能!

 

 

可能性しか感じない。

 

 

 

無料でどこまでできるかは分からないけど、

 

仲間内で、問いの構造図をシェアしたり、ブラッシュアップしたりするには最適な気がする。

 

 

 

 

大学時代、エクセルとかパワポでこつこつ作業してた自分がアホみたい…

 

 

 

興味を持った人は、試して、どうだったか教えてください。

 

お金について考えてみた②つみたてnisa、iDeCo

前回は、年金追納について考えてみた。

 

年金もらう気満々マンなら、追納すれば、追納額×所得税率くらいはお得ですよ〜

お金について考えてみた①年金追納 - chiharaの日記◆教学相長ず

 

て結論だった。

 

 

 

年金もらえるのかね?

年金といえば、老後2000万円問題がありましたね。

 

 

あれ、中田敦彦YouTube大学によると、

 

「年金だけだと不安でしょ?だから、投資してみようぜ!」

 

って文脈での発言らしい。知らんけど。

 

 

 

 

でも、国が投資を勧めようとしているのは事実。

 

NISAやらiDeCoやら、

投資の利益に税金かけないであげる!(本来は20%の税率)

 

っていう制度ができてたらしい。

 

 

 

今回は、その制度から、つみたてnisaとiDeCoについて整理。

 

 

 

つみたてnisaは、

 

⑴国が厳選した商品に投資できる

⑵20年間まで運用でき、その投資ででた利益には課税されない

⑶「つみたて」では、少額しか投資できない(年40万円まで。もっと投資したければ通常NISA)

⑷いつでも売れる

 

が、ざっくりとした特徴。

投資寄りの資産運用?資産運用寄りの投資?的な立ち位置かなー。

 

 

 

iDeCoは、

 

⑴NISA よりも商品数が多い

⑵60歳まで運用し、その投資ででた利益には課税されない

⑶職業次第で投資できる金額が異なる(公務員は月1.2万まで)

⑷60歳までお金が戻ってこない

⑸投資した金額分、所得控除に反映されるから節税になる

 

ということで、つみたてnisaよりも、資産運用寄り。

 

60歳までお金戻ってこないのが気にならなければ、

節税+運用益(元本割れの危険性あり)で明らかにお得。

 

 

うん、iDeCoも始めてみよう。

 

お金について考えてみた①年金追納

4月まで2ヶ月をやっときった…のか、きってしまったのか。

 

いずれにしても、まだ時間があるうちに、節税について考えてみた。

 

 

今回は、年金の追納について。

 

 

 

大学時代、年金を払っていた人ってどれくらいいるんだろう?

学生納付特例で免除してもらう人が多い気がする。

 

その免除分、どうしてますか?

 

年金制度の崩壊とかは、今回は無視で。

 

 

 

 

まず前提として、

 

免除してもらった分は、10年以内のものであれば、今からでも納められるよ

っていうのが追納制度。

 

それがどう節税になるかっていうと、

追納した金額の全てが、社会保険料控除になる。

 

 

 

ここで、所得税の話に飛ぶからややこしい。

 

社会保険料控除は、下の図の「所得控除」の1種類。

 

f:id:chiharayoshi:20210208180856j:image

そもそも「控除」って何?|節税になる所得控除、税額控除とは|税理士検索freee

 

 

簡単にまとめると

所得税を計算するときに、追納してたらちょっとお得になりますよ。

 

 

 

 

 

具体的にみてみる。

 

東京都で新卒の教員の場合で計算してみる。

 

①所得金額=収入ー給与所得控除

 参考月給→約25万、4〜12月の9ヶ月+ボーナス3ヶ月分(?)とすると

      収入=25万×12=300万

      このときの給与所得控除額は、98万(収入によって変動)

    よって

 所得金額=300万ー98万=202万

 

 

②課税所得金額=所得金額ー所得控除

 所得金額=202万(①)

 年金1年分=約19万を追納したら…

 

    課税所得金額=202万ー19万=183万

 

 

 

③税額=課税所得金額×税率

 課税所得金額=183万(②)

    このときの所得税率は、5%だから、

 

 183万×5%=91500

 

 

 

追納がない場合、202万のときの税率は10%だから、

 202万×10%=202000

追納がない場合、195万〜の税率は10%だから、

 195万×5%+(202万ー195万)×10%=104500

 累進課税の計算間違えてました。訂正します。

 

 

 202000ー91500=110500

ということで、かなりざっくり計算だけど、11万円も節税に。

104500ー91500=13000

ということで、かなりざっくりな計算だけど、1万3千円の節税に。

11万は嘘っぱちでした笑

 

 

 

 

ということで結論。

 

自分の収入を把握して、うまく所得税率を1段階下げることができれば、なかなかの節税になる。

↑は嘘でしたね。追納額×所得税率くらいの節税にはなります。高所得の年にやるべき。

できなくても、多少の節税にはなる。

 

 

今こそ科学的探求学習を

また新刊が出ましたね。

 

 

森分孝治『社会科授業構成の理論と方法』を、筆者が解釈し、改良を加えた理論を紹介している。

 

 

 

 

 

 

森分さんは、

 

40年前の平均的な社会科の授業は、網羅主義社会科37

 

で、それは

 

「教材過剰」「事象の断片的羅列的学習」「転移しない知識」「知的に挑戦しない面白くない授業」という4つの課題37

 

を抱えていて、

 

社会的事象を認識するということは、その事象を構成する諸々の事実の総体を知るということであり、その事象について、より詳しくより概念内容の豊かな言葉によって学習するときその認識は深まる、という一つの社会認識形成の論理40

 

が元凶であるとしていた。(『社会科授業構成の理論と方法』より)

 

 

つまり、

よりたくさん知れば、社会的事象をより正しく認識できますよ

だから知識を網羅しましょう

という考え方のもとで授業が行われてきた。

 

 

 

そして筆者は、ALが推進される昨今、

 

(授業の)見た目はもしかしたら40年前とは大きく変わったのかもしれない。しかし…論理それ自体は全然変わっていないのではないだろうか39

 

と指摘したうえで

 

科学的探求学習のようにこの事態に挑戦していこうとする授業を、昨今の教育学は壊すような主張をする傾向にあるから、ますます事態は深刻になるかもしれない40

 

として、科学的探求学習の必要性を訴えている。

 

 

 

つまり、

授業は先生による網羅から子どもによる網羅に変わっただけであるうえに、

子どもによる学習では質が担保されず、主権者として必要な力が育たない

から、科学的探求学習が必要だと主張したい。

 

 

 

 

 

 

で、その科学的探求学習って何なのかというと、

 

中心発問をはじめ、「なぜ、どうして」という問いが多く設定されており、かつ組織的に編成されている42

 

学習であると。

 

 

 

筆者は、

 

社会的問題の原因や政策のもたらす結果について、より説得力のある、確かだと信じるに値する説明を求めて探求していくことのできる力を子どもたちにつけていく53

 

という森分さんの主張を踏まえて、

 

理論は、より複雑な社会的事象を構造的に説明することを可能にしてくれる…「何」「どのように」「なぜ」の…3つの問いの中で、法則や理論に触れさせることを可能にする問いは、実質的に「なぜ」だけである56

 

ことから、「なぜ」問いが必要であるとしている。

 

 

 

また、それを教師が問いかける理由として、

 

いきなり難題だけ与えて後はグループでそれを読み解けでは探究活動の多くがはい回る61

 

ことなどを挙げている。

 

 

 

つまり、

社会問題を分析したり追究したりする、主権者として必要な力を育てるためには、「なぜ」が効果的で、

その学習を教師が「科学的探求のルート」60に乗せることで、より良質な学習が期待できる

から、「なぜ」を中心発問とする科学的探求学習をするべきだ。

 

 

 

 

さて。

 

ちゃんと読んだらすごく納得したけれど、今だからこそ出る疑問がある。

 

 

 

1960年代まではピアジェの発達論が受け入れられていました。その頃には○○能力というものがあると考えられていました。ところが1970年代、つまり半世紀前に、それが誤りであることが様々な実証的なデータで出されました。1980年代には、ピアジェの反証実験に学術的が価値がなくなるほど一般的になりました。文脈依存性、領域固有性です。

 わかりやすい例を挙げましょう。

 数学を専攻した人は、一般的な問題解決に論理的ですか?

 違いますよね。数学の問題解決には論理的でも、その他の分野では論理的であるかは分かりません。

「西川純のメモ」2019-08-12

 

よく、西川先生が

 

ピアジェの発達論が否定されていること

=〇〇能力なんてものはないということ

 

を発信されていたけど、

 

 

 

科学的探求学習で学んだ生徒は、科学的探求能力が身について、将来に社会問題を科学的に探求している

 

のだろうか?

 

 

 

 

あ、でも、

 

社会科の場合は、

 

社会科の授業での探求と、社会に出てからの社会問題の探求はニアリーイコールにすることができるのか。

(つまり、領域固有性の能力でも問題ない)

 

 

 

それを、よりイコールに近づけるための問いが、「本質的な問い」なのでは?

 

 

次回、「本質的な問い」について(多分)

 

変人になれ

教採の二次対策とか結果報告で母校に行ったときに聞いた話だけど、

今年は文化祭の規模がかなり縮小されたらしい。

 

例年であれば、1万人弱が観にきて、それがモチベーションにもなってる。

 

 

でも、コロナで外部から人を入れることができず、装飾をつくるだけで終わるクラスもあったらしい。

 

 

そんな中で、母校の先生からこんな話を聞いた。

 

「できるのが当たり前だと思っていたわけだよね」

「こんなときにこそ何ができるかが大事」

 ※うろ覚え

 

 

たしかに。

 

 

このエピソードを、この本を読みながら思い出した。

 

 

変化を嗅ぎつけ、すぐに走り出すネズミのスニッフとスカリー。

人間らしく、物事を慎重に考えて行動する小人のヘムとホー。

 

2匹と2人が、迷路の中にあるチーズを求めて右往左往する物語を通して、「変わること」の大事さを伝えてくれている。

 

 

 

2匹と2人は、生活に困らないほどの美味しいチーズを見つける。

 

2人の小人が、そのチーズに満足し、怠惰な生活を送るようになった一方で、

(今年も例年と同じように文化祭が開催できると思い込んでいた)

2匹のネズミは、チーズの臭いなどを注意深く観察し、変化に備えていた。

 

 

そんな中、ある日突然としてチーズがなくなってしまう。

(突然猛威を振るったウイルスによって文化祭がなくなってしまう)

 

 

変化に備えていた2匹のネズミは、覚悟ができていたのか、すぐに次のチーズを求めて迷路を走り出した一方で、

怠惰な生活を送っていた2人の小人は、呆然としたり、現状を理解しようと必死になったり、そこから動けなかった。

(開催できると思い込んでいた高校生は、どうすればいいのか分からず、一歩踏み出せなかった)

 

 

足踏みしている2人をよそに、2匹は新しい美味しいチーズを見つける。

(どうするか考え続けるクラスがある一方で、劇を動画で配信することにしたクラスも出た)

 

 

2人の小人は、チーズが食べられなくなり、心身ともに弱っていった。

どれだけ待ち続けてもチーズは戻ってこない。

「どっちがいいんだろうーーここにいてチーズが戻ってくるのを待ったほうがいいのか、迷路を探したほうがいいのか?」No.262

 

 

 

 

小人のうち、ホーは迷路を探して、チーズを見つけるわけだけれども、ヘムはどうだったんだろう?

 

 

 

 

「チーズとは何なのか?」

 

は、人や場面によって様々だと思う。

 

今回の文化祭の例は、(括弧)で入れてみたけど、これは「チーズ=劇を完成させて観てもらうこと」だった。

つまり、古いチーズ:例年通りに劇を完成させて観てもらうこと

    新しいチーズ:配信という形でもいいから観てもらうこと

 

 

でも、書いていて気づいたのは

 

必ずしも「古いチーズ≒新しいチーズ」ではないということ。

つまり、古いチーズ:例年通りに劇を完成させて観てもらうこと

    新しいチーズ:劇以外でも何かしら自分たちの納得いくものを完成させること

           配信もその1つの形

 

 

そして、

 

新しいチーズとはどんなものなのかを探す過程こそが、物語における「迷路」なんだと。

 

 

 

 

2匹のネズミや、変わることを決心したホーは、迷路に飛び込み、新しい幸せを見つける。

 

変化を恐れずに、飛び込む勇気を持つ。

 

変わることができる人=変人になれ!

 

おとなの都合

先月のプライムデーきっかけに、プライムビデオとかKindleとか使い始めたけど、すごいですね。

めっちゃ便利!っていうか堪能できる。

 

Kindle Unlimitedが3ヶ月99円ってやばくないですか笑

 

 

Kindleで読んでみた本の中に、気をつけなきゃな〜と意識させられた文があったからメモ。

 

 

 

「自立した大人になってほしいけれど、いまは従順な子どもでいてほしい?」

 

 

 

親が子どもに注意するとき、大人の都合で色々と言ってしまう。

ex 「時間に遅れちゃうから急ぎなさい!」

 

 

大人が上から言い聞かせると、

 

もちろん自立した大人は育たないし、

 

親子関係も良好ではなくなってしまうだけでなく、

 

「言い聞かせる関係」が子と孫の親子関係にまで引き継がれてしまう。

 

 

 

 

そういったことを避けるためにも、

 

子どもを一人の対等な人間として尊重して、親は良きリーダーであるべき。

 

 

 

ということを、具体的なほめ方、叱り方を交えて教えてくれる一冊。

 

 

 

Kindleのとき、ページとか引用どうすればいいんだろう…?

 

 

 

 

教師としても、生徒の自立を目指すのであれば、

 

今、従順にさせる指導

 

は不必要だって意識しておかないと。